30歳からスタートする東京一人暮らしOLが資産2000万を目指して意識を高くする

2017.5 資産ほぼ1000万円からスタート。とはいえ、話題取り留めなくおんなひとりの生活をつらつらと

夜明けのエモ日記

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最近飛ばしまくりの記事しか書いてないけど、もともとつまらないことを書くブログなんだよこのブログは。テンションの高いことを書くと、すぐ暗いことを書きたくなる衝動。ひねくれてるんだよね。わたしの思い通りに書けるから、ブログは好き。わたしはやっぱりわたしの書くブログが好きだ。誰かが批判したって、そんなことはお構いなしだ。そんな思い上がりがなければ、ここだけは譲れないからこそ、こんな行為は続かないだろう。

目次 

起きた

遅くまで遊び歩いていたのに、5時に目覚めた。この季節は朝晩が涼しいから好きだ。髪を洗っていないからタバコのにおいが残ってる。夜遊びなんてそうそう減ったけれど、やっぱり年を取ったからかな。体力も、そこまでやってやろうという気力も落ちた。同世代は恋人に家族に忙しそうだ。早起きがなぜか板についてきたようだ。寝落ちばっかりしているから、電気もつけたままで、深い眠りになっていないのかもしれないけれど。思ったより筋肉痛があって、これは気持ちのいい痛みに感じられ、前日のことが夢じゃなかったんだなと思い出させる。痛いから基本は嫌だけど、傷って好きなんだよね、アザとか。それで思い出される出来事が、人が、あるからだ。

 

リアル世界の記録を少し(といってもまた具体的ではない)。

1週間、今週もとにかく目まぐるしく過ぎ去った。何か一つのことをやっつけでもとりあえずこなすと、ギリギリで次のやらなければいけないことにすぐ気づかされ、時間との闘い。ただ物事をこなすことは、そんなに苦じゃないけれど、会社だったり組織であったり取引先であったり、人が絡むから面倒さやストレスは生まれてくる。久しぶりに陰口を叩かれる妄想をした。わたしの仕事のできなさは客観的なものか主観的なものかわからないが、それが原因で人を苛立たせたのかと思うことがあった。割と気分屋なのかその人、態度がコロコロ変わり、それに一喜一憂して。自分が被害者意識を感じて、「なんでそんなことするの、もう大嫌い」なんて思ったら次は楽しく話せて、すぐ許すというより忘れてしまう。そんな子供の感情なんていらないのに。それに、ことの真偽なんて到底わからない。ただ、その人が別の人とこちらをチラチラ見ながら談笑(愚痴が混じったような話であることだけは確実に分かった)しているのを見て、わたしのことを言っているのだろうかという妄想が止まらず、変な動悸と鳥肌ばかり感じて。この感覚、久しぶりだった。これがあると、途端に前を向いて歩くのを進めるのが苦痛になる。が、それほど優秀で前向きでバカ真面目な会社員ではないので、「まあわたしこの会社にいてもいなくてもいいしな」と思ったら、ただの逃げかもしれないけど、楽になった。定時で席にいれば、給料が入る。わたしが休めば、他の人がカバーできるようになっている。それが会社員というものだ。「わたしにしかできない仕事」なんて何一つ、ない。責任感を感じすぎる必要もない。ダメOLになったもんだ。あと2週間は平日がこんな感じだけれど、愛想笑いとホウレンソウで、こなしていきたい。もういちいちダメージなんてくらっていてはわたしの体力がもったいない。

 

憎しみを向けられる

感覚。こんなこと前にもあったな。そのときばかりは泣きたい衝動が止まなくて、朝の地下鉄で涙がこぼれそうになる日が多く続いた。その人もわたしもまだ会社にいるが、異動なんてクソだといつもは言うけれど(入社してから2年も経たず回されることをいつも愚痴っていた)この時ばかりは感謝していた。ただ、その問題に目を向けなくなってよくなっただけで根本なんか何も解決しちゃいない。ただこういうぐちゃぐちゃは、わざわざ取り上げて仲直りしようだの解決させようなんて野暮なことでもないことはわかっている。昔、ドラマで「仕事の半分は『仕方ない』でできている、残り半分については『帰りたい』」と言うセリフがあった(逃げるは恥だが役に立つ)。それ以上の仕事の定義をわたしは知らない。みんなが色んなことをそれなりにやり過ごし、そして生活は回っていく。

 

ネットの世界でのこと

ブログやら、ネットのキャラであること。慣れてきたし、新しいことの刺激もたくさん感じてくる1歳と数週間。正直、すごく楽しくて幸せだ。たくさんの経験値が飛び込んできて、それを昇華(消化、が正しい変換なのかは決められない)して。思ったよりたくさんの人が質の高い好意をくれて、恵まれていると感じる。でもそういうときは、わざと、アンチの人(まだそれは実際には目の当たりにしていないが)のことを考えたりして、思い上がりはやめようと、気を引き締めようとする。

 

調子に乗っている。調子がいいという受動的な意味ではいいけれど、主体的に調子に乗っていることがいかがなものかと考えてしまう。いつか足をすくわれて、転んでしまうのではないか。わたしにはこう考える癖が、病気のようにある。「幸せすぎてこわい」、恋愛のときだってそうだった。想いが実ったその瞬間から、次は「いつ別れるんだろうか」といった想像をしてしまう。誰か第三者、それは神様でも他人でも、「調子に乗ってんじゃねえよ」と言うのが聞こえる。そして本当に落ち込んでしまったときに「あの時調子に乗ってたからこんなことになるんだよ」、と笑ってくるのが思い浮かぶ。そういった予防線のために「今は全身で喜んでる場合じゃないんだ」、と自分に言い聞かせる。

 

振り返り

と、ここまで文字にして読み返せば、客観的にやっぱりそれは「今この瞬間」を純粋に受け止め、感情で形にすることは大事なんだろうとわかる。けれどこわい。わたしは未来の誰のためにわざわざ不安を感じるんだろう?今は楽しいよ。でもこうやって浮かんできたグレーの感情を持つのも、わたしだ。多分こういったこじらせ感がなければ、こんな文章作ってインターネットに投げ込むような愚かでいじらしいこともしないんだよな。わたし=かみなし子は当たり前なのだが、まったくのイコールではない気がする。蛇足だが、「わたし」と書くのは「かみなし子」であるわたしではなく、「かみなし子」を書くリアルなわたしであるように使い分けている(ネット上の一人称は普段聞くとイラっとする自分の名前(かみなし子)だ)。

 

荷造りしなきゃ。ネイルも直さなきゃ。

 

こういった記録は振り返ることが後の自分にすごく大事なことなので投稿しておく。反応はなくてもいい、それがブログなんだ。端っこでブツブツ言ってる個の集合体、それがインターネットだ。